10/17 がんばるお母さん支援事業iitoko代表 浅香千恵

浅香千恵さんは、高崎市吉井町本郷にある民家で、障がいのある子どもを持つ母親を支援するボランティア団体・がんばるお母さん支援事業iitokoの代表を務めています。

障害児放課後児童デイサービスで働いていた浅香さん。お迎えにきたお母さんに児童をお返しするとき、「どうお母さんに声をかけたらいいんだろう・・・」と思うくらいなお母さんの疲れ様を見て、「あぁ、これはお母さんを支援していくことが必要だな」と感じたそうです。お母さんの相談窓口はありますが、お母さんが泣ける場所、泣いた後また笑顔になれる場所をつくらなければと強く思ったそうです。そして、いろんな人の力を借りてやさしい社会をつくりたいと行動を起こします。

事業をはじめると決めてからは、3月に仕事を辞め、5月には仲間を募ってiitokoを設立しました。その後、空き家を探し始めます。実家のようであったかいねと言ってもらえる場所を20軒くらい回って探し、9月にやっと巡り会い、改修工事を経て翌年2015年1月末にオープンにこぎ着けます。浅香さんは、この場所があるから集まれる、この場所があるからお母さんと力を合わせることが出来ると意を新たにします。

初めて吉井町本郷でイベントをしたときのこと。ご近所のおばさんたちがボランティアで地域の皆さんにすいとんを振る舞ってくれて、200人ほどに配布できたそうです。それほど地域の中で、皆さんにiitokoを知っていただくことができ、またその後、お母さんたちにiitokoが広まっていくという”人の力”に、力強さを感じたそうです。そして、今も皆さんに手伝って頂きながらすすめることが出来ることに感謝しつつ、活動を続けています。

がんばるお母さん支援事業 iitoko

高崎市吉井町本郷452-2   TEL:027-387-5908

https://www.facebook.com/iitoko.mother/

インタビュー:川上直子

 

 

10/10 乳がん体験者の会 あけぼの群馬 代表 本田攝子

本田攝子さんが代表を務める乳がん体験者の会「あけぼの群馬」では、”あけぼのハウス”というお話会や講演会、相談会、啓発キャンペーン、会報の発行や親睦のイベントなどを行っています。

会員からはどんな声が聞かれるのか伺ったところ、お話会では「私は病院に行った時だけ病人なんです。家に帰ったら普通の人なんです。」といった声が出たり、講演会では「白衣を着ていない、主治医でない先生は、本当に気持ちがリラックスできます」といった声が出るそうです。また、先日は「結婚しました」という手紙が届き、それを見た別の会員が、「乳がんになっても結婚できるんだなと、希望を持ちました」と勇気づけられたり、なかなか家族にも病気のことを話せない、心配するので本音は言えないんだ・・・という方も、「ここに来ると何でも病気のことが話せるのがとてもうれしい」とおっしゃるそうです。

あけぼの群馬では、毎年母の日キャンペーンを行って、乳がん検診を呼びかけています。

本田さん自身、46歳の時に右乳房を全摘。その後毎年マンモグラフィー検診を続け、63歳のとき、反対側の左乳房にがんがみつかり、温存手術を受けました。本田さんは「乳がんは自分でみつけられるがん。手に触れないがんをマンモグラフィー検診で見つけるといつも先生がおっしゃいる。ぜひ勇気を出して検診を受けてほしい。」と呼びかけています。

会に来ると、5年経って髪の毛も普通になって仕事も始めている人の話を聞いたり、実際にその人が目の前にいたりするので、やはり勇気づけられるとのこと。本田さんは、「小さい集まりですが、私たちがコツコツと続けてきた活動で、ひとりでもここに来てよかったと思う人がいる限り、私たちも笑顔で、笑顔を伝えていける場所を提供したり、大切にしていきたい」と話します。

去年県内の乳腺の先生方を迎え、20周年記念講演会を開催したあけぼの群馬。今後も診察室以外の場所で、気さくで優しくてわかりやすいといわれる講演会や医療相談会を積極的に開催して行きたいとのことです。

あけぼの会 http://www.akebono-net.org/

インタビュー:川上直子

 

 

10/3 乳がん体験者の会 あけぼの群馬 代表 本田攝子

本田攝子さんは、1997年に発足した乳がん体験者の会「あけぼの群馬」の代表として活動しています。

今から20数年前の1995年、本田さんは乳がんの全摘手術をしました。退院後、とても不安になり「これは乳がんの勉強をして、乳がんのことを知らなければダメだ」と思ったそうです。ちょうどそのとき、友人から「あけぼの会」という乳がんの患者会を紹介され、すぐに入会。東京での集まりに参加したり、乳腺の専門の先生の話や、同じく乳がんを体験した人のいろいろな話を聴き、少し安心できたそうです。

その後、1997年。当時の群馬県内の「あけぼの会」会員が、互いに顔を見たり、声を聞いたりできるように、親睦と交流を深めるために「あけぼの群馬」が発足し、本田さんはそれ以来、代表を務めています。

乳がんになるとは夢にも思っていなかったという本田さん。勤めていた幼稚園の先輩や、園児のお母さんが乳がんになり、術後また元気に職場に戻ったりお母さんをしている姿を見ていたため、手術の前は「手術をすれば治るんだ」と思っていたそうですが、にもかかわらず、術後は「いつ再発するんだろう」といった心配でいっぱいになってしまったそうです。

体験者の会は本田さんにとって、ありのままの自分を語れる場所。病気になると自分ひとりだけといった気持ちになるけれど、会に行くと勇気や安心がたくさんもらえるそうです。仲間と一緒にいると、手術したばかりの自分を振り返ってみたり、10年後15年後の自分を思い描けたりする本当に大切な場所になっているということです。

本田さんは「今は手術の時間も短く、温存手術などいろいろは方法があり、経過もよくなって医療の進歩をとても感じている。」「必ずお医者さんや看護師さん、医療関係者など一歩踏み出すと手を差し伸べてくれる人がいるので”誰かに言ってみようかな、参加してみようかな”といった気持ちを持って欲しい」とおっしゃっていました。

あけぼの群馬は10月6日(土)7日(日)にALSOKぐんま総合スポーツセンターふれあいグラウンドで開催される、がん患者応援チャリティーイベント・リレーフォーライフに参加します。ステージイベント、フードコーナー、健康チェックコーナーなどもあり、多くのみなさんの来場を呼びかけています。

あけぼの会 http://www.akebono-net.org/

インタビュー:川上直子

 

9/26 BENTO 261 金伽倻(きんかや)

高崎にあるレンタルスペースで週2日営業のお弁当やさんをひとりで切り盛りしていた金伽倻(キンカヤ)さん。昨年5月に県立土屋文明記念文学館内にお店を移転し、お弁当だけでなくランチ・カフェのレストランとして「BENTO 261」を経営し、自ら厨房に立っています。

今の場所に移転が決まったとき、とてもひとりでは賄えないのでスタッフを増やそうと思った金さんですが、募集すること無く、自然とスタッフが集まったそうです。

ひとりは「もし店舗を移して新しいお店をオープンするときは、是非声をかけてもらいたい」と連絡先を書いた置き手紙残してくれたお弁当のお店のお客さん。もうひとりは金さんがお弁当やおかずをアップしていたSNSを見ていた人で、新規移転オープンのお知らせを見て「ぜひ移転のタイミングで一緒に働かせてほしい」と連絡があったそうです。お弁当ファンが自然とスタッフになり移転オープンを迎えられたことに、ご縁を感じると金さんは微笑みます。

こだわりは、群馬県の食材、地元生産者のものを積極的に使いたいということ。化学調味料、保存料使わず、食材の味を楽しめるお弁当を作ること。そして「美味しい上に美しい」「清潔感」を大切に作ること。

そんな金さんにとって、お弁当も料理も自分を表現する手段のひとつ。今後はまた違う切り口で何か始めてみたいという気持ちもあるそうです。たとえば、日本酒の資格もいろいろ持っているため、それを活かした「お弁当とお酒が楽しめるお店」「割烹着を着た居酒屋」などにも憧れているそうですよ。

金さんのお店「BENTO 261」では、お弁当だけでなく、オードブルのテイクアウトも実施しているほか、不定期で韓国風の海苔巻き・キンパ教室も開催しています。

「BENTO 261」  http://tsuruichi.jp/

インタビュー:川上直子

 

9/19 BENTO 261 金伽倻(きんかや)

金伽倻(キンカヤ)さんは、県立土屋文明記念文学館の中にあるレストラン「BENTO 261(べントー ニーロクイチ)」を経営し、自ら厨房に立っています。261は、会社の名前ツルイチcomから来ています。金さんの生まれた北海道釧路市がタンチョウヅルの町で、鶴舞う形の群馬県とのツルつながりで、ツルイチと名付けたそうですよ。

現在は、テイクアウトのお弁当とランチ・カフェのレストランを営業をしていますが、以前は高崎市にあるレンタルスペースMOTOKONYAで一人でお弁当を手作りし、週2日だけ販売していたそうです。

もともと何かを作るのが大好きだった金さん。特にお料理に関して、レシピを教えて欲しい、レシピ開発をしてほしい、お弁当を作って欲しいといった声がかかるようになり、お弁当やさんをやってみたい!と思うようになったそうです。お店を開店するにあたり、どこかいい場所はないかと知り合いに相談してみたところ、レンタルスペースMOTOKONYAで、とりあえず週2日くらいから始めてみたら?と奨められ、一人でやるには週2日がいいかなとスタートしたそうです。

大変だったのは、やはり買い出し。野菜ソムリエの資格を群馬で取得した関係で、生産者や青果関連の知り合いもたくさんいる金さん。群馬の食材にこだわっていたため、生産者のところを直接回って食材を調達するのが楽しくもあり、なんと言っても時間がなくひとりでは本当に大変だったとのこと。

そんな金さんの作るお弁当のポイントは、「地元でとれる群馬県の食材を集めて詰め込む。」「お弁当を開けたときにキレイだな美味しそうだなと一目でわかる彩りのよいお弁当。」「ご飯が美味しく食べられるよう品数も多く」。

    

 

食べた方からの「美味しくてキレイで頼んでよかった!」「子どもが普段食べない野菜をそちらのお弁当で食べるようになりました。」といった声にやりがいを感じ、もっと頑張って群馬の食材を美味しく食べてもらいたい!工夫したい!という気持ちになるそうです。

金さんの美しいお弁当は、BENTO 261のHP内、アルバムページでチェック♪

http://tsuruichi.jp/

インタビュー:川上直子

 

9/12 日本酒Bar「KOUBA」店主 唎酒師 田口玉美

2017年12月1日、伊勢崎市曲輪町に「日本酒Bar KOUBA」をオープンした唎酒師・田口玉美さん。

群馬の地酒の大ファンになっていた田口さんは、美味しい群馬の地酒や全国のお酒50種類ほどを取りそろえて一人でお店をオープン。「美味しいおつまみがあって、お酒がすすむ」という思いから、なるべく地のものを使って美味しいお料理と美味しいお酒のペアリングを楽しんでいただこうと、出来る範囲で料理も自分でしていたそうです。

しかし、同時間帯に、どどどっとお客様が重なることも増え、一人では料理を出したり、日本酒の魅力を紹介ながら提供したりすることが難しくなってきます。そこで料理を任せる料理人を採用。「この料理には、このお酒がぴったりですよ」といった提案に専念できるようになり、”料理と日本酒のペアリングを楽しめる店”という田口さんの理想に近づきました。

        

酒蔵さんが我が子のように大切に作ったお酒を、地元の食材とあわせてより一層美味しく召し上がっていただけるように・・・という思いを大切にしている田口さん。「今後は日本酒好きな方々と酒蔵さんとの交流の場をお店で持てるようにイベントを組んだり、大人の遠足のように、日本酒好きな方々と一緒に酒蔵を訪問し、深く日本酒を知ってもらう機会を作りたい」と、さらなる充実を目指します。

日本酒Bar KOUBA

伊勢崎市曲輪町2-11

https://ja-jp.facebook.com/sake.kouba/

インタビュー:川上直子

9/5 日本酒Bar「KOUBA」店主 唎酒師 田口玉美

田口玉美さんは足かけ2年の準備期間を経て、昨年12月1日、伊勢崎市に日本酒Barをオープンし、唎酒師として自らカウンターに立っています。

会社員だった田口さんは、美味しいものの食べ歩きが好きで、居酒屋、Bar、カフェなど楽しんでいたそうです。また、日本酒も好きで酒屋さんに出入りしていたところ、「そんなに日本酒が好きなら、今度群馬の地酒フェスタというイベントがあるから言ってみたら?」と誘われ、出かけたところ、群馬の地酒にこんなに種類があって、しかも美味しい!ということに初めて気づき、酒蔵さんが目をキラキラさせて自分の作ったお酒のことを大事そうに話すのを見て、群馬の地酒のファンになったそうです。「そうだ!群馬のお酒を私のように知らなかった人が地元でもたくさんいるはず。だったら、群馬の地酒を皆さんに紹介するようなお店をしたい」と思うようになります。

そしてまず、「日本酒バーをしたい!」と自ら言いふらし、応援してくださる方からの情報で、今のお店の物件が決定。経験がないとだめだろうと、高崎にある日本酒バーで修行。古民家の改装をする見積もりが高額だったため、自分でできることはやろう!と、会社が終わった夕方から壁を壊したり、新しく出来た壁に色を塗ったり・・・休みの日には家族にも手伝ってもらい、9ヶ月かかってお店が完成したそうです。

      

お店の名前KOUBAに、●何かを生み出す町工場のような場所 ●酵母の醸す酒のある場所 ●日本酒好きの交流の場所 という思いを込め、2017年12月1日にオープンした「日本酒Bar KOUBA」。群馬の地酒応援隊を自称する田口さんによって、進化を続けています。

日本酒Bar KOUBA

伊勢崎市曲輪町2-11

https://ja-jp.facebook.com/sake.kouba/

インタビュー:川上直子

 

8/29 脱毛症の子ども用ウィッグ専門ショップ 「DREAM ASSORT」代表 新井舞

脱毛症の娘を持つ新井舞さんは、脱毛症の子どもたちが快適に、気軽につけられるウィッグ=かつらを開発し、ネットショップ「DREAM ASSORT」で販売しています。

娘の治療記録をブログで発信している新井さんは、同じ脱毛症の子を持つ母親とブログを通じて交流があり、ウィッグ開発にあたってブログ読者に「こんなウィッグがあったらいいな」というアンケートを実施。そのアンケート結果と自分のアイデアを会わせて企画書を作成し、国内のウィッグメーカー数社にメールで送ります。しかし、なかなか返信がなく落ち込んでいたところに、やっと1社から「素晴らしい案です。」と返信が来て、開発プロジェクトがスタートしたそうです。

最初に思い描いていたウィッグは問題点もあり実現出来なかった部分もあったものの、ウィッグのプロからの提案もあり、徐々に仕上げていくことができたそうです。

「まず、子どもが付けた時に不快感を感じないこと、これが絶対条件。もう一つ大事なことが、とにかくお手入れが簡単なこと。人毛は自然に見える分、取り扱いが難しく手入れも大変なので、あえて人工毛にすることで手入れも簡単で、かつ子ども独特のツルッとした髪の毛の質感がでるよう開発に取り組みました。」 と語る新井さん。開発にあたっては娘さんが試着し、2ヶ月の施用テストを経て着用感などを報告、それをもとに改善点を洗い出す・・・その繰り返しだったということです。

完成してからはオンラインウィッグショップ「DREAM ASSORT」を開設し、「DREAM ASSORT」名義でのSNSアカウントも開設。並行して、公式LINE@でお悩み相談もスタートしました。「ウィッグを作って販売するだけでなく、同じ病気の子どもやそのご家族の心に寄り添えるような総合サポート的な事業を行っていきたい。子どもの心のケアはママの笑顔があってこそ。自分の経験を通して明確なアドバイスができるよう、いろいろな経験を積んでいきたい。」と新井さんは目を輝かせています。

新井さんが開発した脱毛症の子ども用ウィッグ「Fun Kids Wig!」は、さらに進化すべく改良中で今年秋頃、再度販売スタート予定です。

https://dream-assort.wixsite.com/dream-assort

ブログ「だいすき~小児脱毛症と戦うわが子~」  https://ameblo.jp/yumemama-924

インタビュー:川上直子

 

8/22 脱毛症の子ども用ウィッグ専門ショップ 「DREAM ASSORT」代表 新井舞

前橋市在住の新井舞さんは、脱毛症の子どもたちが快適に、気軽につけられるウィッグ=かつらを開発し、ネットショップ「DREAM ASSORT」で販売しています。

新井さんの次女が生後11ヶ月のときに脱毛症となり、3歳頃にはもう帽子では隠せないくらい脱毛が進行してしまったそうです。そのとき初めてフルオーダーのウィッグを作ったものの、出来上がってきたウィッグを娘さんが付けた時「チクチクして痒い!」と嫌がり、なんと受け取ったその日から付けることを拒否・・・なんとか使ってもらおうと、チクチクしないようにガーゼやフェルトなどを裏側に縫い付けるなど工夫をしてみたものの、うまくいかなかったそうです。

また、娘さんの脱毛症の症状が、小さい脱毛斑がいくつもできる多発型から、髪はもちろんまつげや眉毛など毛がすべて抜け落ちてしまう汎発型に進行したとき、新井さんは治療記録を残す目的でブログを開設しました。このブログには脱毛症の子どもを持つお母さんたちからの反響が思った以上に寄せられ、お母さん達との交流が始まります。この交流を通して、今自分で使っているウィッグの問題や、子どもの脱毛をどう隠せばいいかなど、悩みをかかえる人が多いことに気づきます。そんなお母さん達の声や自分の経験をもとに、より快適なウィッグを作れないか?と思い至ります。

そしてその思いを強く後押ししたのが、娘さんの言葉でした。

小学校入学が近づいている頃、冬から春先にかけて生えそろっていた髪が再びいっきに抜け初め、母親である新井さんは小学校生活が心配でどうしようもなくなってしまい、いけないことと思いつつ娘さんの前で泣いてしまいます。もちろん娘さんも大泣き。ただ、娘さんは泣きながら「髪の毛のことは辛くない。ママが泣くから辛いんだよ」と言ったそうです。新井さんはこの言葉に衝撃を受け、「二度のこの子の前で泣くことはしない!」と誓います。そして、今この瞬間も、自分たちと同じように涙を流している親子がきっとどこかにいるはず・・・その人達のためにも何かできることがあるのではないかと思い、ウィッグ開発への思いを強くしたそうです。

新井さんが開発した脱毛症の子ども用ウィッグ「Fun Kids Wig!」は、脱毛した頭皮に触れる部分に肌にやさしいネットを使い、帽子をかぶって使うもので、3種類あります。

https://dream-assort.wixsite.com/dream-assort

ブログ「だいすき~小児脱毛症と戦うわが子~」  https://ameblo.jp/yumemama-924

インタビュー:川上直子

8/15 いせさき銘仙の会 代表世話人 杉原みち子

杉原みち子さんは「いせさき銘仙の会」代表世話人。会では、伊勢崎銘仙の魅力をPRし、後世に伝えるため様々な活動を行っています。

そんな中のひとつとして、伊勢崎銘仙のひとつ・併用絣を復刻するプロジェクトがありました。1年半前に完成しましたが、併用絣の復刻は簡単ではありませんでした。スタート当初、関係者は口をそろえて「50年間途絶えていて、絶対にできない」と言っていたそうです。しかし、会の熱意あるメンバーが職人ひとりひとりのところにお願いしてまわり、ある職人さんのところには9ヶ月通い続けたところ、ついにその熱意が伝わり、職人さん達のGOサインが出たそうです。

そして平均年齢80歳という20人の職人さんたちによって、14段階の工程を経て、見事なまでに美しい併用絣が完成します。デザインは”赤煉瓦”、”時報鐘楼”、”つつじ”の3柄で、世界的に活躍するテキスタイルデザイナー須藤玲子さんがボランティアで手がけたものです。須藤さんがイギリスにある国立博物館・ビクトリア&アルバート博物館に連絡したところ、博物館側から「復刻した伊勢崎銘仙・併用絣を博物館で永久保存したい」という申し出が届いたそうです。この朗報に杉原さんは「私たちのみならず伊勢崎銘仙に関わった先人の方々を含めた全部を評価してくれたことが本当にうれしかった」と語ります。

ビクトリア&アルバート博物館では、2020年3月中旬~7月初旬に開催される「ジャパンフェア」で、復刻した伊勢崎銘仙・併用絣が展示される予定です。杉原さんたちはツアーを組んで大勢で喜びを分かち合おうと計画しているそうです。

杉原さんは「今後は、消えてしまう伊勢崎銘仙のアーカイブ化・記録とともに、日本人として着物文化の伝承、そして銘仙の価値をスイス、アメリカ、フランス、ドバイなど多くのところに伝えていきたい。」と目を輝かせています。

インタビュー:川上直子