1/7世界手打ちそば名人グランプリ準女王 菊池和美

菊池さんは、高崎出身・在住の56歳。

フランスで料理を学び、現在は自身の料理教室や、群馬県内の高校や大学などで講師としてお料理、お菓子作り、そば打ちなどを教えています。

群馬県立農林大学校では、ただ蕎麦打ちを教えるだけでなく、蕎麦打ちによる町おこしや6次産業化についての講義も行っています。

そんな菊池さんは、去年(2025年)10月に開催された「第1回世界手打ちそば名人グランプリin富山」で準女王に輝きました。

この大会は全面協が主催するもので、日本だけでなくモンゴルや韓国、中国などから予選会を勝ち抜いた68人が蕎麦打ちの腕を競いました。

菊池さんは、2、3ヶ月に1度蕎麦打ちの予選や名人戦に参加して、技術を向上させています。

今回の「第1回世界手打ちそば名人グランプリin富山」にも自身の腕試しの気持ちでこの大会に参加したそう。

蕎麦打ちの大会では、蕎麦打ちの技術だけでなく所作も評価されます。

菊池さんは、粉の性質を見極めながら練り込みや加水率を決めることに注力したそうです。

所作については、蕎麦を打っている姿を動画で撮影して見られ方も意識して練習を積み重ねました。

菊池さんは、この大きなタイトルを手にしたことをきっかけに、群馬県の美味しいお蕎麦を世界に発信していきたいと、思いを語ってくれました。

グンマドンナ

2週にわたり世界手打ちそば名人グランプリin富山で準女王に輝いた菊地和美さんをご紹介しました。

12/31世界手打ちそば名人グランプリ準女王 菊地和美

菊地さんは、高崎出身・在住の56歳。

2025年10月に開催された「第1回世界手打ちそば名人グランプリ」で準女王に輝きました。

普段は、自身のパリブレストというお料理教室や群馬県内の高校や大学などで講師として、お料理・お菓子作り・蕎麦打ちなどを教えています。

そんな菊地さんがお料理の世界に関心を持ったのは、学生時代にフランスの文化を学んだことがきっかけ。

比較文化を学んでいた菊池さんはフランスと日本の文化を比較する学びに魅力を感じ、次第にフランスの文化、フランスのお料理に興味を持つようになりました。

10代で1か月ほどの留学をフランスのブルゴーニュで経験し、24歳で再びフランスへ行き3年ほどフランス料理を学んだそうです。

5つ星のホテルリッツの料理学校で料理や製菓、フラワーアレジメント、ワイン、サービスなどを学び、ホテルリッツの厨房で経験を積みました。

本格的にフランス料理を学んでいた菊池さんですが、蕎麦打ちで町おこしにも取り組んでいます。

利根実業高校を再建させるために、地域住民、地元の生徒と協力して利根沼田の地域の強みである農業から町おこしすることになりました。

取り組みの結果、利根実業高校の生徒たちが地元のそばをPRするためにそば打ちを披露したり、地域のそば店と連携したりするなど、地域活性化の一環として蕎麦に関わるようになりました。

また、県立農林大学校では、蕎麦打ちの技術と6次産業化の知識を伝える講義も行っています。

ただ上手に蕎麦を打つだけでなく、「なぜ蕎麦を打つのか」を考えさせたいのだと菊地さんは言います。

美味しいものを食べてもらいたいという農家さんの情熱があり、その材料を使って美味しい蕎麦を作ること、そしてその蕎麦を知ってもらうために周知をすることで地域の産業が盛り上がる。

その循環を考えながら農作業から、蕎麦打ち、周知活動までを自分たちで行ってほしい、そうすることで地域を盛り上げて、ほしいというのが菊地さんの願いです。

グンマドンナ

今週は、「第1回世界手打ちそば名人グランプリ」で準女王に輝いた菊地和美さんをご紹介しました。

来週はこの手打ちそばグランプリについて詳しくお話伺っていきます。

どうぞお楽しみに!

12/24 みりん女子会 主宰 設楽賀奈子

設楽賀奈子さんは、京都出身・高崎在住。
大学卒業後は、みりんメーカーに15年間勤務し、みりんの商品企画などを担当していました。
退職後は独立し、2022年からオンラインクッキングサロン「みりん女子会」を主宰しています。
これまでに約2800人が参加しました。

みりんは400年前から愛されている発酵食品で、米・米麹・焼酎でできています。
米粉と一緒に使うことで、砂糖不使用・グルテンフリーに。
その魅力をもっと広めたい!との思いで活動しています。

2024年には「みりん女子会」初のレシピ本「わたしに優しい 米粉とみりんのお菓子と料理」を発売しました。
スコーンやホットケーキはもちろん、豆乳とみりんで作るマヨネーズは、読者から最も反響があったとか。

設楽さんは、2023年7月に「みりんをアートする」をスローガンに掲げ、株式会社 米粉とみりん を設立しました。
伝統あるみりんの、次の100年を作りたい。アートのように長く愛され、時間と共にその価値がもっと評価される存在でありたい…そんな思いを込めてスローガンを掲げたそうです。

リスナーのあなたも、みりんの魅力をもう一度見つめ直してみませんか?

米粉とみりんInstagramはこちら

 

12/17 みりん女子会 主宰 設楽賀奈子

設楽賀奈子(したら・かなこ)さんは京都出身。
大学卒業後は京都のみりんメーカー宝酒造に15年間勤務し、みりんの商品企画などを担当していました。退職後は、2021年に結婚を機に高崎に移住。
2022年からはオンラインクッキングサロン「みりん女子会」を立ち上げ、みりんの魅力を広める活動を行っています。

みりんは、米・米麹・焼酎からできている発酵食品です。
お鍋で半量まで煮詰めると「みりんシロップ」が完成。
また、みりんと相性の良い米粉を一緒に使うことで、砂糖不使用・グルテンフリーに。
また、みりんには血糖値の上昇を抑える効果が証明された研究結果もあるとか。
みりん女子会では、様々な料理やお菓子を紹介しています。

みりんシロップについて

そして、2024年には「みりん女子会」初のレシピ本を出版しました。
来週は、その内容を詳しくご紹介します。

今週は、みりん女子会 主宰 設楽賀奈子さんをご紹介しました。

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12/10「ezu」代表・デザイナー 岩野久美子

岩野さんは、桐生出身・在住の45歳。

アパレルブランド「ezu」を手掛けるデザイナーです。

岩野さんは3児の母。

様々な国でお仕事をしている岩野さんの影響もあり、次男は自身の希望でモナコの中学校に通っていました。

当時は、2週間ごとにモナコと日本を往復する生活。

とても大変だったそうですが、それ以上に楽しさや作品作りへのインスピレーションなど得られるものがたくさんあったそう。

岩野さんはこれまでおよそ30か国で仕事をしてきました。

海外で活動するようになったのは、思いがけない出会いから。

香港でコレクションを企画・運営している方が、ezuのお洋服を着ていたお客さんの服をみて、ezuをコレクションショーに呼んでくれました。

そして、その香港でのショーを見た別のオーガナイザーの方からも声がかかり、ニューヨークのショーにも参加し、さらにカナダ、フランス・・と人づてに広がっていったそうです。

海外進出するぞ!と意気込んでいたわけではなかったそうですが、このように実際にezuのアイテムを見た人から評価をもらって広がっていったことが本当に嬉しいと語ってくれました。

現在は上海と北京にも常設の店舗を構えています。

そして海外での活動は、ezuのアイテムの販売だけではありません。

今年はシンガポールのアーティストとのコラボも。

布で作られた人型の大きなオブジェに色を付けてほしいと声がかかり、徳島の天然藍を持っていき現地で発酵させて染色したり、シンガポールで染物のワークショップを開催したりするなど、日本の技術を世界に広めています。

Ezuは、桐生市小曾根町にアトリエがあり、毎月、月初めの1日から7日まで ひらいています。

そして、絵を描くことも大好きだという岩野さんは、今週の金曜から日曜の3日間、桐生市PENSEE GALLERYで絵だけの個展「どうにもならないこともある」を開催します。

ぜひ足を運んでみてください。

グンマドンナ

2週にわたり、桐生でアパレルブランド「ezu」を手掛けるデザイナー岩野久美子さんをご紹介しました。

岩野さんInstagram

12/3「ezu」代表・デザイナー 岩野久美子

岩野さんは、桐生出身・在住の45歳。

布を染めて、切って、縫って、つくる手仕事のブランド「ezu」を手掛けています。

岩野さんが服を作り始めたのは、4歳の時。

祖父母・両親が経営していた食堂がとても忙しかったため、小さいころの岩野さんの居場所は食堂のお座敷の限られたスペース。

そのスペースでできる遊びとして、紙を切って貼って作ったお人形のお洋服が、岩野さんが作った最初の服なのだそうです。

その後成長するにつれて、針やミシンが使えるようになり、作る服も徐々に本格的になっていきました。

自分で作った服を着用していた岩野さん。

21歳くらいの時に、「その服どこのブランド?」と聞かれ、自作の服だと伝えると、その方のお店で販売しないかと誘いを受けました。

それまでは自分で作った服を売ることや、ブランドにすることは考えていなかったそうですが、いざ売ってみるとその日の夕方には売れて、それが衝撃であり喜びでもあり、それから服を作って販売するようになりました。

服作りは学校などで学んだわけではありません。

ビンテージのお洋服の糸をほどいて、もう一度編みなおすなどの趣味の中で覚えていったそうです。

染色もこのころから自分で行っていました。

キッチンで小さい鍋で染めていたそうです。

2009年、「RIPPLE YōHINTEN」というブランドを立ち上げました。

そうして県内外だけでなく、国外にまで岩野さんの作品は広がるようになり、2024年ブランド名をezuに変更しました。

洋品店という日本語の趣が海外ではうまく伝わらず、思い切ってシンプルな「ezu」という名前にしたのだそう。

「ezu」は「絵図」からきています。

「これまでの制作活動の中で、お洋服はその1着で人生を変えるくらいのエネルギーを持っていると感じていたので、その人自身が思い描く地図のようなお洋服を作り続けたい、という思いを込めて名付けた」と語ってくれました。

そんなezuでは、シャツやセーター靴下など様々なアイテムを販売しています。

これらはすべて手作りで桐生のまちの縫子さんや編み物屋さん、染物屋さんと一緒に作っているそうです。

その職人さんたちは、15年ほど前にアパレルの制作産業が海外に出たことで工場がつぶれてしまい、他の職業についた人たち。

岩野さんは電話帳からかつての縫製工場をしていたところに電話をかけて職人さんたちにお願いをして回ったそうです。

そんな岩野さんと職人の皆さんの思いが詰まった「ezu」のアイテムは、オンラインショップや毎月1日から7日までの1週間開いている桐生市小曽根町のアトリエで手に取ることができます。

グンマドンナ

今週は桐生を拠点にアパレルブランド「ezu」を手掛ける岩野久美子さんをご紹介しました。

来週は海外進出についてのお話を伺っていきます。

お楽しみに!

ezuホームページ

岩野さんInstagram

11/26前橋かるた会会長 都丸鈴

都丸さんは、前橋出身・高崎在住の25歳。

今年6月に行われた競技かるた全国女流選手権大会で優勝し、段位5段に昇段しました。

全国大会は全国各地で通年行われているそうですが、その中でも全国女流選手権大会は4大タイトルの一つで、格式高い大会なのだそうです。

1番の特徴は袴でかるたを行うこと。

都丸さんは和装で行っている姿を見て小さい頃からこの大会に憧れていたのだそうです。

ただ、1番上のクラスのA級になっても誰もが出られるわけではありません。

過去の大会の成績や、段位で絞られた64人だけが大会に出場することができます。

そんな憧れの大会への出場。

都丸さんは大会に向けて、「札によってとるスピードにムラがある」という課題を克服するため特訓をしたそうです。

日中は会社員としてお仕事をしている傍ら、時間を見つけて1人練などの特訓をしました。

1人練は、25枚ずつ札を並べて相手がいる想定で普段通り1人で試合を行う練習です。

対戦相手がいないため1時間以上札と自分とだけに向き合う練習になり、集中力を維持することが難しく、精神的にも負担が大きい練習なのだそう。

大会当日は、過去の大会優勝者や、競技かるた会のトップと言われる「クイーン」のタイトル保持者など全国のトップの選手ばかりだったり、特に注目選手には撮影のカメラが入っていたり、緊張感がありました。

そんな緊張感の中、決勝まで進めば6試合を1日で行うことになります。

決勝戦の対戦相手は、前回の女流選手権大会の優勝者。

格上の選手との対戦になりましたが、都丸さんはそれまでの5試合で「今日は自分の力を最大限に発揮できている」という手応えを感じていました。

「今日の私だったら戦えるかもしれない。全力でぶつかりに行こう」という気持ちで戦ったそうです。

決勝の試合は、中盤まで大差で負けていました。

そんな状況でも都丸さんは冷静に「ここからゆっくり取れる札を取っていって、そこから攻めていくぞ」と徐々に巻き返して見事女流選手権のタイトルを手にしました。

このようにどんな場面でも動じない精神力が都丸さんの強さの秘訣だと語ってくれました。

そして、都丸さんはこの先の目標について、選手としては他のタイトルも獲得すること、前橋かるた会の会長としては、群馬全体のかるた界を盛り上げられるよう普及活動に力を入れていきたいと話してくれました。

グンマドンナ

2週にわたり、全国女流選手権大会で優勝した、前橋かるた会会長都丸鈴さんをご紹介しました。

前橋かるた会HP

11/19前橋かるた会会長 都丸鈴

都丸さんは、前橋出身・高崎在住の25歳。

今年6月に福井県で行われた競技かるた全国女流選手権大会で優勝し、段位5段に昇段しました。

そんな都丸さんが競技かるたを始めたのは4歳のころ。

本の付録で偶然ついてきた小さい子どもがひらがなを覚えるためのアンパンマンかるたで遊んだことがきっかけです。

思いのほか札をとるのが早かった都丸さんにかるたの才能を感じた母の勧めで、近所のかるた会に入会しました。

始めた当初は4歳ということもあり、ひらがなが読めるようになったばかり。

1時間以上かかるかるたの1試合が終わるまでずっと座っていなければならない状況が苦痛だったそう。

ただ、小学生になると同世代のかるた仲間がたくさんできて、徐々に楽しさを感じるようになったそうです。

そうして20年以上競技かるたを続けてきた都丸さんは、高齢のため引退した前橋かるた会の会長の役職を引き継ぐことになりました。

25歳と若い年齢での会長就任ですが、20年以上続けてきたかるた歴と、女流選手権大会での優勝が認められ会長に推薦されたそうです。

都丸さんは、競技かるたの難しさについて、ただ早く札をとるだけでなく「もうそろそろ読まれそうな札を感じ取る勘」や、「相手陣地の札をとった際に送る自陣の札を選ぶ戦略」など様々な条件が絡むところだと語ります。

確実にとりたい札を自陣に残す場合もあれば、攻めたいときは逆に相手陣地に送って敵陣の札をたくさんとれるようにするなど様々な戦略があるそうです。

グンマドンナ

今週は、前橋かるた会会長 都丸鈴さんをご紹介しました。

来週は、都丸さんが優勝した競技かるた全国女流選手権大会についてお話を伺っていきます。

お楽しみに!

前橋かるた会HP

11/12 My Happy Tummy Club CEO 反町真理香

反町真理香さんは高崎出身・ニューヨーク在住。
7歳と2歳の女の子を育てるお母さんでもあります。

ニューヨークでインテリアデザイナーをしていましたが「日常的に日本の家庭料理が食べたい!」との思いから、和食のお惣菜を宅配するフードビジネス「マイ・ハッピー・タミー・クラブ」を始めました。

ご主人も積極的に子育てに関わってくれるので、ワークライフバランスを保ちながらビジネスを展開しています。

ニューヨーク在住の日本人を中心に、多い時には週に400食を届けている反町さん。
豆腐ハンバーグ、肉じゃが、きんぴら、ひじき、お味噌汁など日本の家庭の味にこだわり、日本出身のママスタッフ6人とともに調理をしています。

そして、メジャーリーグ ニューヨーク メッツ所属の千賀滉大選手もお客様だそうです!
千賀投手とも対面し「どれも本当に美味しいです!」と感想を頂いたときは、感激したとか。

対面時の投稿はこちら

現在は、日本人に向けてのビジネスですが、あえて日本人が少ない地域に出向き、娘さんと一緒にポップアップショップを出店してPRにも励んでいます。
ニューヨーク市民が好みそうな、お稲荷さんや唐揚げ、スープなどからスタートしているそうです。

2週にわたり、ニューヨークで和食のお惣菜を宅配するフードビジネス「マイ・ハッピー・タミー・クラブ」を展開する、高崎出身の反町真理香さんをご紹介しました。

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11/5 My Happy Tummy Club CEO 反町真理香

反町 真理香さんは高崎出身、ニューヨーク在住の2児の母。

2020年からアメリカのニューヨークで、和食のお惣菜を宅配するフードビジネス「My Happy Tummy Club」を手掛けています。

ニューヨークでインテリアデザイナーをしていましたが、妊娠出産をきっかけに和食しか受け付けないからだに。「日常的に、日本の家庭料理が食べたい!」と思い、一念発起して起業しました。

My Happy Tummy Clubは、口コミでじわじわと人気が広がり子供のいる家庭や単身赴任者まで、多くの日本人が利用しています。多いときには週に400食を宅配しているとか。

日常的に注文する方もいるため、メニュー開発も積極的に行っています。
こだわっているのは日本の家庭料理らしい優しい味付け。

お客様からリクエストを聞きながらメニュー開発をしていますが、ニューヨークは食材が高いため試行錯誤の毎日です。
生の柚子を使えないときは、濃厚なゆずジュースを使って味付けするなどの工夫も。

そして、日本ならではの行事や儀式も大切にしたいと考えている反町さん。
子供の生後100日を祝う「お食い初め」のフルセットは、ニューヨークでは手に入りにくい
鯛の尾頭付きや赤飯、お吸い物なども揃うため、現地にいる日本人に好評です。

来週もMy Happy Tummy Club CEO 反町真理香さんをご紹介します!

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