【オリコンニュース】
『マンガ大賞』候補作家デビュー作
 昨今、学校や会社などで人間関係に悩む人は多い。特に現代ではSNSもあり、その“距離感”や“周囲からの印象”などに戸惑い、頭を悩ませる人も増えている。自身のデビュー作『氷の城壁』で、そんな人と接するのが苦手なヒロインの物語を執筆したのは、現在『ジャンプ+』(集英社)で連載中の『正反対な君と僕』が『マンガ大賞2023』にノミネートされるなど、注目を集めるマンガ家の阿賀沢紅茶さん。マンガの題材として描くのも難しいテーマだが、本編117話を完結。「これは自分だ!」「4周目です。全人類読んで欲しい」と多くの共感を呼んでいる。なぜ、このような題材でマンガを書こうとしたのだろうか? 話を聞いた。

【漫画】「入ってこないで…」他人との“壁”に共感続々!『正反対な君と僕』作者の衝撃デビュー作

■ヒロインの言動が叩かれるかと思ったら共感が多かった「時代がそういう空気に」

人と接するのが苦手で、他人との間を壁で隔ててしまう氷川小雪。高校では誰ともつるまずにひとりで過ごしていたが、なぜかぐいぐい距離を詰めてくる雨宮湊(以下/ミナト)と出会う。孤高の女子・小雪、距離ナシ男子・ミナトに、学校の人気者・美姫、のんびり優しいバスケ部員・陽太が加わり、どこかちょっとこじれた4人の、もどかしい青春の日々を描く。

――本作は「集英社」と「LINEマンガ」の「集英社少女マンガグランプリ」で特別賞として「別冊マーガレット編集部選出作品」に選出され、そこから連載がスタートしました。どのような想いで連載を始められたのですか?

【阿賀沢さん】描き始めた当初は、自分が趣味で始めたマンガだったので人気作を目指す必要がないと思っていました。だから、分かりやすく派手な悩みや不幸じゃなくて、マンガでわざわざ描かなくてもいいような、細かくて地味で些細な悩みを描こうと考えていました。「些細な悩み」というのも、みんなが共感しやすいものを狙ってというよりは、少数の特定の人に向けて「読んだ時に気が楽になる人が少しでもいたらいいな」という気持ちで描いていました。

――人と接するのが苦手で、自分のテリトリーの中に入ってくる人に嫌悪感を抱き、常に「ほっといてほしい」と、他人との間に壁を作るヒロインの小雪。一般的なマンガであれば、主人公にはならないタイプのキャラクターをヒロインに据えた背景には、多くの人というよりは、少数派でも同じ想いを共感してくれる人に刺さればいいと思われたんですか?

【阿賀沢さん】そうですね。世間の多数派としては「そんなことで悩んでいたらやっていけないよ」というタイプの意見の方が多いと思っていたので、連載が始まった時は、主人公の小雪の言動に対し「そんな考えは良くないよ」と、もっと叩かれると思っていたんです。でも蓋を開けてみたら、逆に「(小雪の気持ちが)分かる」という人の方が多かった。弱い部分を出すことが許されるような、そういう時代の空気感があったからかな、とも思います。少数派と思っていた人たちに向けて地味なことを描いていたら、結果的に当初思っていたより受け入れられた、という感じでした。

■恋愛マンガでよく見るパターンに逆張りするような感じ

――高校生活というマンガの舞台としては華やかな設定のなかで、阿賀沢先生がテーマに選ばれたのは、人と接することが苦手なヒロインの人間関係を中心とした物語でした。なぜこういったテーマを選ばれたのですか?

【阿賀沢さん】連載を始める前、少女マンガや恋愛マンガを読んでいて、主人公が男子からとにかくぐいぐい迫られる作品が多いイメージがあったんです。でもそれって、マンガ内でその男子が魅力的に描かれているからぐいぐいこられても気持ちいいだけで、現実はみんながそんな素敵な人というわけではないじゃないですか。「好きだから」という本人からしたら悪くない気持ちで絡んでくる人に対しての、その嫌さ(嫌悪感)は、周りにあまり理解されないなと思ったんです。

――「好きだ」と好きな人に言われればハッピーだけど、そうでない人に言われても…という状況ですね。

【阿賀沢さん】はい。現実世界でも「好かれている状態=良いもの」とされすぎていて、その人の行動が嫌だったとしても、好意を無碍(むげ)にもできないし、困ることもあるはず。絡んでくる相手が、周りから見たときにうらやましいと思われるようないわゆるイケメンだったとしても、言われる方が嫌であれば、嫌だと思うんです。そういう気持ちに触れている作品を、あまり見たことがなかったので、なかったところを拾う“隙間産業”というか、恋愛マンガでよく見るパターンに逆張りするような感じで描いていました(笑)。

――“隙間”とはいえ、これだけ多くの人から共感の声があがるということは、そういう想いをしていた人がたくさんいたとも言えます。

【阿賀沢さん】読者の方からたくさんお手紙をいただくのですが、そのなかには、自身の悩みなどを書いて送ってくれるものもあります。それらを読んでみると、登場人物たちと同じ世代の中高生や大学生の方が多いので、そういう意味では反響があると言って良いのかもしれません。特に小雪とミナトに感情移入する声が多いですね。序盤は小雪に感情移入しながら読んでくださる方が多いのだなと感じましたが、後半ミナトがボロボロと崩れていく展開になるにつれて、「これは自分だ」とミナトに感情移入する声が増えました。

■絵をコミカルにしたのはこだわり「題材がシリアスなので重くなりすぎないように」

――賞を受賞された際、『別冊マーガレット』編集部の方も総評されていましたが、本作には「高校生らしい人間関係の悩みや日常の空気感」が見事に描かれています。“当事者にしかわからない空気感や機微”という伝えることが難しい部分を描くにあたって、どのようなことを心がけていますか?

【阿賀沢さん】「日常でありそうなことを拾えているよね」と良い風に褒めてもらえることが結構あるのですが、フィクションの派手な話を思いつく発想がないから、こうなっているだけなんです。描けないものは描かず、描きやすいものを描いているだけなので。
 ただ、日常のちょっとしたことをちゃんと覚えておくことでしょうか。その日楽しいことがあったなら、それがどういう楽しさだったか。嫌なことだったら、起きた事象に対して何が嫌だったのか、例えば自分がそう思ってしまうことが嫌なのか、そもそも相手が自分を下に見ていることが嫌だったのか、など分析するようにしています。作品を描き始めてから、そうやって気持ちをちゃんと意識的に言葉にするというのは、気をつけてやっていることかもしれません。

――ロジカルな分析や、意識的に言葉にするということを聞くと、物語に張られた伏線からも感じ取れますね。

【阿賀沢さん】ありがとうございます。読者の方が序盤のほうを読み返した時に、「あ、だからこのキャラがここでこういうことを言っていたんだ」と、再読しても楽しめるような作品にしたいという思いがありました。なので、描き始めの段階から、話の流れと、ある程度の構成を決めていて、物語の前半は出来事を詳細に描いたプロットを、後半は出来事だけを箇条書きにしたようなプロットを作ってから描き始めました。

――さまざまなこだわりが詰まっていると思うのですが、阿賀沢先生のなかで特にこだわった点は、どんなところですか?

【阿賀沢さん】題材的には結構シリアスだったので、全部がしっかりした頭身の人間の絵柄だと話が深刻になりすぎてしまうと思いました。なので、感情的に大事なところ以外はギャグマンガみたいなデフォルメ絵にするなど、絵柄を明るくコミカルにして読み味が重たくなりすぎないようにする、というのはこだわっていた点でした。
 あと絵的な部分でいうと、キャラが目を細めたときの涙袋を可愛く描くことにもこだわりました。白黒だと涙袋はシワっぽくなってしまってうまく描けないので、カラーで涙袋を描くのを頑張りました(笑)。

■続編への展望は「描くべき部分は全て描き切った」

――全117話を書き終えてどのようなお気持ちですか?

【阿賀沢さん】最初に描き始めた作品だったので、作品を完結させることにすごく憧れがありました。最後まで描き切ったときは「やった~!」とゴールテープを切った気持ちでしたね(笑)。今、たくさんの方に『氷の城壁』が読まれているのは本当に予想外なことで、最初は人気作になることを目指していたわけではなく、とにかく自分が描きたいことを描き切るということをしてみたかったんです。だから描き切れてよかったというのがまずありますが、連載が終わって自分の手を離れてたくさんの人に読んでいただけるようになってからは、シンプルに「よかった〜〜〜!」という気持ちになりました(笑)。

――寄せられたコメントを読むと、一度読み終えた人が2周目、3周目とリピートしています。ちなみに、続編への展望はどのようにお考えですか?

【阿賀沢さん】“あの部分”を最終回にしたのは、小雪たちのことを「もう大丈夫だろう」と思ったからです。描くべき部分は全て描き切ったので、最終回の後の、カップルが仲良くしていたり、友達と仲良くしていたりする部分は、もう物語の主線の中に入れる必要はないと思いました。最終回のその後の日常を切り取った1コマ絵など、自分の趣味の範囲内で続きを描きたい気持ちはあるのですが、現在連載中の作品もあるので、なかなか時間が取れない状況ですね。

――今後、どのような作品を描いてみたいですか?

【阿賀沢さん】今『ジャンプ+』(集英社)で連載中の『正反対な君と僕』は、ギャップのある2人のラブコメです。『氷の城壁』も『正反対な君と僕』も高校生たちが主人公で、描き方は違うけどテーマは似ています。なので、次回作は全然違うマンガを描いてみたいという気持ちもありつつ…。学生ものが好きなので、結局は学生ものを描いている気がします(笑)。具体的には、まだ特に決めていないですね。他の方の作品を読むと、恋愛メインではない話だったり、胸を締め付けるような辛い出来事や、次々と衝撃的な展開が…という作品に憧れるのですが、自分には向いていないのかもしれないです(笑)。

――最後に、マンガ家としての今後の夢、目標を教えてください。

【阿賀沢さん】年を重ねたときに、自分の体力的にマンガ家を続けていける自信があまりないということもあり、マンガ家としてやり続けていくというよりは、1つ1つを出し切っていきたいという気持ちの方が大きいです。出し切って描き切って、もう描くものがないやって思うくらいまで、作品が思い浮かぶ限りは、描いていきたいですね。あとは普通に絵を描くのが好きなので、絵をたくさん描いていきたいなと思っています。

(提供:オリコン)
LINEマンガ『氷の城壁』より (C)阿賀沢紅茶/集英社
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