【オリコンニュース】
ソーシャルサーカスで社会課題解決
 サーカスと言えば、空中ブランコや動物を使った曲芸などを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、あのシルク・ドゥ・ソレイユが世界各地で社会支援事業として実施している「ソーシャルサーカス」は、それとはまったく概念が異なり、貧困や障害、移民などさまざまな社会課題を乗り越えるために活用されている参加型プログラムだ。そして昨年、日本初のソーシャルサーカスの普及・促進プロジェクト「SLOW CIRCUS PROJECT」が発足した。クリエイティブプロデューサーを務めるのは、「東京2020開会式・閉会式 4式典総合プランニングチーム」のメンバーでもある栗栖良依さんだ。

【写真】ソーシャルサーカスってどんなもの? イベント&ワークショップの模様

■サーカスへの参加を通じて地域課題を解決

 世界各国では貧困や障害、移民問題などを解決する取り組みとして活用されている「ソーシャルサーカス」。さまざまな理由から社会参加へのハードルを抱えた人たちと、その周辺にいる人たちが共に体を動かし、言葉を超えたコミュニケーションをすることで、互いに理解し合い、多様性のある社会を築くのがその目的だ。

 ヨーロッパで25年以上前に始まったソーシャルサーカスの取り組みは、シルク・ドゥ・ソレイユの普及活動によって今や世界中に広がっている。しかし日本には長らく未上陸のままだった。

「1つにはシルク・ドゥ・ソレイユ側としても、特に切実な社会課題を抱えた国や地域を優先したところがあったのだと思います。中でも貧困からギャングになってしまう子どもの多い南米では、長らくこの取り組みが行われていて、高い実績を上げています。昨年はブエノスアイレスで『第1回南米ソーシャルサーカス国際会議』が開催され、私も出席してきました」(栗栖さん)

 南米ではソーシャルサーカスが主に貧困地域の就労支援に活用されており、経済問題から抜け出した実例も多数報告されたという。サーカス技術の練習や習得によって協調性や問題可決能力、自尊心、コミュニケーション能力が育まれ、ひいては「自分は社会の一員である」と自己評価が高まることによって、健全な就労に繋がっているというのが南米におけるソーシャルサーカスの実績だ。

「地域によって抱える課題は異なり、日本には南米のような社会課題はないかもしれません。しかしソーシャルサーカスで得られる『相手を理解し、自らを認める』といったスキルは、日本が抱えるさまざまな社会課題の解決にも応用できるはずだと考えたんです」

■日本初のソーシャルサーカスカンパニーの設立へ

 東京造形大学在学中から舞台芸術を通して人や地域を繋げ、新しい価値を創造するプロジェクトを多方面で展開してきた栗栖さん。ところが2010年に骨肉腫を患い、現在も右下肢機能全廃の障害を抱えている。

「もともと平和の祭典であり総合芸術であるオリンピック・パラリンピックの開閉会式に携わりたいという夢を抱いて、大学でもアートマネジメントを専攻したのですが、私自身が障害者になって初めて目にした2012年ロンドン大会の開会式には大きな衝撃を受けましたね。障害のある人たちが、その多様な体の特徴や天性の魅力を生かして、こんなにも素晴らしいステージを作れるんだと」

 2014年には障害者と多様な分野のプロフェッショナルによる現代アートの国際展「ヨコハマ・パラリトエンナーレ」を立ち上げる。そこからさまざまな形で、障害の有無を超えた人たちと現代サーカス作品の創作、発表活動を重ねてきた。

 栗栖さんの活動の1つとして、ステージアドバイザーを務めた2016年リオデジャネイロ・パラリンピックの旗引き継ぎセレモニーの模様は、現在もYouTubeにあがっているので機会があったらぜひ見ていただきたい。車椅子ダンサーや義足モデル、ダウン症のヒップホップダンサーなどなどによる、その超絶にカッコいいステージは、"障害者による舞台表現"の価値観を根底から覆されるはずだ。

「それまで私はロンドン大会に影響を受けていたので、とにかくクオリティの高い作品を追求してきたんです。リオ大会もそうでした。ところがサーカスの創作を通して、障害のある人たちの心と体がどんどん良い方向に変わっていくのを目の当たりにして。『これはなぜだろう?』といろいろリサーチしたところ、世界ですでに盛んに取り組まれているというソーシャルサーカスの事例に行き着いたんです」

■社会参加へのハードルを乗り越えるソーシャルサーカスの力

 さっそく栗栖さんはシルク・ドゥ・ソレイユにコンタクトを取り、ソーシャルサーカスのメソッドやノウハウを学んだ。そして2019年、ついに日本初のソーシャルサーカスカンパニー「SLOW CIRCUS PROJECT」を立ち上げる。

 活動内容は「創作」「人材育成」「普及」「調査研究」の4つ。そのうちの「普及」の一環としては、港区文化プログラム連携事業にも採択され、すでに区内の学校や福祉施設、企業などで、特別支援学級の生徒や不登校児童、障害者、子育て世代、ビジネスパーソンなどを対象にソーシャルサーカスのワークショップを提供している。

「参加対象によってさまざまなワークを用意していますが、基本的に参加スタイルは自由。最初はみんなの輪に入らなくても、見学しているだけでもOKです。好きな道具で遊ぶなどして軽く体を動かし、自分の動きを認識しているうちに心が解放され、やがてそこにいるほかの人との関係性が生まれていくんです。そうやってだんだんみんなで場の雰囲気を作っていき、最終的にはちょっと大掛かりな道具を使った、全員が1つになって成し遂げるワークに挑戦します」

 とある中学校では、「中1ギャップ」を克服するためにこのワークショップが活用された。同中学校ではさまざまな学区から生徒が集まることから、中学に入学した際に上手に人間関係が築けず、不登校や引きこもり、いじめといった問題に発展する事例が多々あったという。中学もまた子どもたちにとっては社会であり、「さまざまな事情から社会参加の困難を感じている人を支援する」というソーシャルサーカスの理念は非常に理にかなっているものと言えるだろう。

■企業内の研修メニューとしても活用

 また、社内の円滑なコミュニケーションやチームビルディングを目的として、研修に取り入れる企業もある。

「サーカスの良さは誰か1人が主役ではなく、全員が主役になれること。また時には危険な技に挑戦することもあるのですが、その際には挑戦する人以外のみんなが命綱を持つことになります。それは相手を本当に信頼していないとできないことであり、よりよいコミュニティ作りにソーシャルサーカスの手法はとても有効なんです」

 日本では始まったばかりのソーシャルサーカスの取り組みだが、南米では数え切れないほどの団体が存在する。シルク・ドゥ・ソレイユからメソッドを学んだ人たちが、さらに新たな団体を立ち上げて活動しているというわけだ。

 「SLOW CIRCUS PROJECT」は首都圏中心の活動ではあるが、「人材育成」も活動の柱の1つとして掲げている。ここから巣立った人たちが自分のコミュニティに戻り、その地域が抱える課題をソーシャルサーカスの手法を使って解決していく。そんな広がりが日本でも起これば、障害の有無、年齢、性、国籍……すべての社会的ギャップを超えて人々が認め合える、真の多様性のある社会が実現に繋がるのではないだろうか。

(提供:オリコン)
市民参加型パフォーマンス公演 SLOW MOVEMENT The Eternal Symphony 2nd mov. (2017年)/Photo by Kazue Kawase
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