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名作ドラマの食卓シーンの変化
 まな板を包丁でトントンする音、鍋の煮物のグツグツ、箸やお茶碗のカチャカチャ──ドラマの台所、食卓にはいつも魅力的な音に溢れている。そして食事中に“何か”が起こり、そこには物語の重要な転換点が…。“飯テロ”という言葉が一般化した今、どのドラマでも何らかの形で食卓シーンが顔を出してSNSで話題になっているが、振り返ると昭和・平成の名作ドラマでも“食卓シーン”が重要な役割をはたしていた。一方で、時代によって日本人の食卓事情が変わっていったように、ドラマの食卓シーンも時代によって違いが生じている。

【写真】星野源&新垣結衣、ラブラブ手つなぎショット

■昭和の名作ドラマ=印象的な食卓シーン、日常と憧れを表現

 一家で食卓を囲むことが定石とされてきた70年代、ホームドラマは“めし食いドラマ”と呼ばれていた。『寺内貫太郎一家』(1974年~TBS系)に代表される大家族ファミリードラマでは、白米を豪快にかき込む、熱いお味噌汁をじっくり飲み干す、バリバリと沢庵を食すなど、「音」を“第三のおかず”として重要視し視聴者にインパクトをもたらした。「音」の出る料理がいいというのは稀代の名脚本家・向田邦子さんの説。また、一家で囲む食卓から物語がスタートする(取っ組み合いのケンカや感動シーン)という重要な役割も担ってきた。

 さらに食事シーンはドラマ性にも一役買う。例えば、婆ちゃん(故・樹木希林さん)が町内の老人会で温泉へ一晩行った留守中に家族がこっそりとスキヤキを食す。すると突然庭先に婆ちゃんが…。旅館の料理の冷えているのに怒って帰って来てしまったのだ。家族の賑やかな話し声がピタッと止まる。気まずい沈黙の中、スキヤキだけがジュウジュウ…。視聴者はそんなシーンを見て笑い転げたものだった。

 一方で『傷だらけの天使』(1974年~日本テレビ系)に代表されるような都会派作品では、スタイリッシュな食卓シーンが印象的。OPの1カット長回しによる故・萩原健一さんの食事シーンは伝説。演技のすべてはアドリブであり、ラフな食べ方でトマトやコンビーフを食す主人公に多くの若者が憧れた。

■トレンディドラマ全盛期、あえて食卓シーンにこだわりをみせたジブリ作品

 80年代初頭は『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)のような70年代と地続きな食卓風景も散見。ところがバブル景気に伴い、世の中が浮かれ始めるのと同時に一家の食卓シーンが減少傾向に。トレンディドラマなどでは煌びやかな高級レストランでの食事シーンが多く見受けられた。

 そんな時代とは逆を行き、頭角を現したのはアニメ作品の食事シーンだ。とくに故・高畑勲さん、宮崎駿監督らによるジブリ作品の功績が大きく、例えば『天空の城ラピュタ』の食事シーンは公開から30年以上経った今でも色褪せず、目玉焼きを食パンに載せた通称“ラピュタパン”を筆頭にテレビ放送のたびSNSで話題に。『ラピュタ』では、他にも海賊の飛行船であるタイガーモス号のなかで、ヒロインのシータが作った料理をドーラ一家が一斉に声を揃えて「おかわり!」と言うシーンも印象深い。80年代以前も90年代以降も、宮崎作品からは湯気や質感、音、キャラクターの表情、仕草など、“美味しそう”に見せるこだわりが感じられるが、スタジオジブリを決定付けた作品であり、食卓が変化してきた時代に一石を投じるワンシーンだった。

 上記の通り、この時代の“ホッとする”食事シーンは“イケイケ”な時代へのアンチテーゼの意味を持っていた。TVCMで故・山口美江さんがバブリーな服を来て帰宅し床に座り込み「柴漬け食べたい…」とつぶやくシーンがウケたのはその証左だろう。

■“ゆるさ”を求めた平成、コンビニ飯や独身貴族で世相を反映

 バブルが崩壊し、昭和から平成へ。世の中からは“イケイケ”の空気感が消え、音楽でも小沢健二やスチャダラパーなど“ゆるさ”が評価の対象に。

 これら90年代的な空気のなかで、とある印象的な食卓シーンで視聴者にインパクトを与える名作も現れた。『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)だ。血のつながらない兄弟たちの絆を食卓シーンで表現するという、ある種70年代ドラマに回帰する傾向。家族で食卓を囲んでアツいあんちゃん(江口洋介)を中心に食事をするシーンは“新たな古臭さ”として視聴者に受け入れられ、物語の面白さも相まって第11話では視聴率37.8%を記録。これは現在もフジテレビドラマの歴代最高記録となっている。

 様々な価値観の広がり、就職氷河期などの不況もあり、多種多様な食卓シーンが登場。『トリック』(テレビ朝日系)ではヒロインの山田奈緒子(仲間由紀恵)はマジシャンとして売れずにいつも貧乏であり、常にお腹をすかし、食事シーンではがっつくように食べていた。また、『のだめカンタービレ』(フジテレビ系)では、のだめ(上野樹里)らが仲間とこたつを囲んで食事&飲みをする演出が。いわゆる“コンビニ飯”描写が増え始めたのもこの頃で、まさに世相を反映していた。

 そんななか結婚せずに独身を謳歌する“独身貴族”という言葉も誕生。阿部寛主演『結婚できない男』(関西テレビ・フジテレビ系)では、偏屈な主人公による豪華な“ひとり飯”が話題に。分厚いステーキに手巻き寿司。すべて阿部寛が一人で楽しそうに食べており、現在放送中の続編『まだ結婚できない男』でも早速一人しゃぶしゃぶのシーンが。食事シーンは同時にモノローグのシーンとしての重要な要素も担っている。

■人間関係の変化を表現、令和は多様化する社会にマッチした食卓シーンに

 10年代に入り、テレビドラマの枠組みに新たな食事シーンの概念を植え付けた作品として『カルテット』(TBS系)が挙げられる。松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平によるテーブルを囲んでの食事シーンでは、物語に何の意味もない会話が延々と繰り出されるが妙に引付けられる…まさに“会話劇”の真骨頂ともいえる素晴らしい演出が施された。“飯テロ”という言葉がネット用語から一般的になったのもこの頃からで、大ヒットとなった『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)では、新垣結衣演じるみくりが、星野源扮する津崎に振る舞う様々な手料理が話題に。「ガッキーの手料理が食べられたら…」と男性視聴者を魅了した。

 さらに、『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)でも、主人公の春田(田中圭)に想いを寄せる後輩・牧(林遣都)が作る料理(公式ブックにはレシピも掲載され話題に)でSNSは沸いた。そして令和に入り、シロさん(西島秀俊)とケンジ(内野聖陽)の同棲生活を描いた『きのう何食べた?』(テレビ東京)では、2人の食卓シーンを軸に物語が展開された。まさに時代にマッチしたカップル像を提示した作品と言えるだろう。

 スマホを見ながら食べるのも、何も喋らないで食べるのも、自分の分だけ部屋に運んで“孤食”するのも、食卓シーンはどれもその当時の現代風俗を表している。時代は移り変わっても、人間が人間である限り“食”のシーンは続いていき、ますます多様化していくだろう。

(文/衣輪晋一)

(提供:オリコン)
ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で契約夫婦を演じた新垣結衣(写真:古謝知幸/ピースモンキー)と星野源(写真:田中達晃/Pash) (C)oricon ME inc.
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